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社長メッセージ

(前編)未来のあるべき姿を描き、KADOKAWAグループのDXを推進していく

(前編)未来のあるべき姿を描き、KADOKAWAグループのDXを推進していく

2022年4月、KADOKAWA connected(以下、KDX)の代表取締役社長に就任した安本洋一。これまで、ブックウォーカーやザテレビジョンなど、KADOKAWAの事業を成功に導いてきた安本は、これまでどのような歩みを経て、新天地に挑み何を成し遂げたいと考えているのだろうか。

安本は、1992年に株式会社ザテレビジョンに入社以来、30年にわたりKADOKAWAグループで自身のキャリアを築いてきた。テレビ情報誌「週刊ザテレビジョン」編集長として発行部数を伸ばした後、直営電子書籍ストア「BOOK☆WALKER」や定額制雑誌読み放題サービス「dマガジン」を立ち上げるなど、メディアのデジタル戦略を推進。一方で、KADOKAWAグループのDX戦略を推進する役割も担ってきた。

長年にわたってコンテンツとデジタル化の最前線に立ち、数々の事業を成功に導いてきた安本だが、その根底に一貫してあるのは、「未来のあるべき姿を考え、その姿を実現するために周囲を動かし、成果に結びつけること」だという。安本は陣頭指揮を執るKDXでも、あるべき未来の姿を描き、その実現に向けて動き始めている。

「表現への思い」に突き動かされた20代

─どのような学生時代を過ごされましたか?

大学時代から文章に対する思いが強くありました。自分で何か書きたい、表現したいという意欲が強かったんです。それで、自分が書いたエッセイなどの発表の場が欲しいと思い、ミニコミ誌を仲間と立ち上げて、ずっと打ち込んでいました。編集長はもちろん広告営業からインタビュー、ライティング、撮影、イラスト、レイアウト、フィニッシュワークまで全部自分でやりました。

インターネットもまだない時代でしたが、全部ゼロから自分たちで勉強してつくりました。やると決めたら執念深くやるという感じは、その頃からありましたね。どちらかというとポジティブではない方なので、最悪の事態を想定しながら物事を進めるタイプなんです。成功するために何が必要かを常に考えているので、そこをちゃんと埋めていけば、きっとゴールにたどり着けるだろうという試算はありました。その考え方は今も変わりません。

3カ月に1回くらいのペースで発行していたんですが、広告費用ありきでやっていたので、しっかり収入とコストを計算しながらやらないと、自腹で作るはめになっちゃう。だから、赤字にならないように気をつけてはいましたね。

─学生時代にすでに起業されていたような感じですね。大学卒業後、就職先に広告代理店を選ばれたのはなぜですか?

広告代理店はクリエイター的な要素も営業的な視点も求められ、ゼロから何かを創り上げるという点で、自由でやりがいがあると思いました。

当時の仕事で印象に残っているのが、全国に数百店舗を展開する専門店の店頭を飾るポップの制作です。デザイナーと組んで何度提案しても企画が通らず、最終的に自分でパースを試作したプレゼンが採用されました。クライアントの漠然とした要望を理解し、形に変えることの難しさを実感すると同時に、自分自身で表現することの強みとやりがいを感じた体験でした。

KADOKAWAでのキャリアスタート

─その後、当時角川書店の子会社でテレビ情報誌を発行していたザテレビジョンに転職されるわけですが、きっかけは何だったのでしょうか?

広告代理店に約4年勤めた後、「文章を書く道に進みたい」という思いが強まり、退職を決意しました。きっかけは、仕事を通じて知り合った写真家の作品に影響を受けたことで、「この人の写真に文章をつけたい」と思うようになったんです。

思い立ったら行動するタイプなので、退職してから3カ月間、ひたすら文章を書き続け、さまざまな出版社に売り込みに行きました。どの出版社も「君、面白いね。今どき、アポ無しでこんなことしないよ。興味があるから、今度連絡するよ」と言ってくれたのですが、未だに連絡はありません(笑)。

そんな中で、唯一異なる反応をしたのが、知り合いの紹介で訪問したザテレビジョンのある役員の方でした。「こんな素人が書いたものを出版社に売り込んで、OKが出るわけがないだろう」と率直にダメ出しされたんです。そして、その頃たまたま行われていた中途採用の試験を受けてみろと言われて、受けてみたら受かった。それがKADOKAWAとの出会いでした。

「ザテレビジョン」編集長として、リニューアルを成功させる

─ザテレビジョン時代の印象に残っているエピソードはありますか?

入社後、「週刊ザテレビジョン」の記者となり、仕事として文章を書くことを学びました。その後、2000年に編集長になるのですが。当時は発行部数がやや落ち込んでいた時期で、リニューアルで部数を伸ばすことが期待されていました。その時に考えたのは、雑誌を「あるべき姿にする」ということでした。当時はまだインターネットに番組表がなかった時代で、番組表こそがテレビ情報誌のコアコンピタンスでした。そこで僕は、番組表の「日本一の情報量の多さ」にこだわりました。例えば、文字と文字の間のコンマ数ミリにまでこだわり、判型も縦長にして、それまでのページ当たり78行から、93行が収まる番組表を作ったんです。このリニューアルは見事に当たり、発行部数を従来より10万部も増やすことに成功しました。

この時に考えていたのは、読者やユーザーが求めているものが何かを常に考え、そこからあるべき姿を設定し、その方向に進んでいけば、必ず成果は得られるということでした。その考えは今に至るまで変わっていません。

数年後にBS放送の人気が出てきた時期には、情報量は少ないけれど、文字の級数が最も大きい「日本一見やすい番組表」というまったく異なるアプローチでBS番組表をリニューアルし、再び3倍以上の部数増に結びつけました。その後のブックウォーカー時代を経て、KADOKAWAの執行役員として戻ってきた2016年には、コアコンピタンスを番組表からタレント情報に思い切ってシフトしました。その結果、ウェブサイトのトラフィックが約2年間で800万PVから1.2億PVに増えました。その波及効果で紙媒体の部数も伸び、僕が担当した3年後には約7億円の収益増となりました。

─安本さんにとって、モチベーションが高まるのは、どんな時ですか?

ザテレビジョンの時のように、皆が迷っている時に、進むべき方向性を示して皆を向かわせ、従業員に成功体験を持たせることによって、皆が自信にあふれたより良い組織になっていくことです。その方向性を示すために、そのメディアや事業に求められているものが何なのかを深掘りし、自分の中に腹落ちさせることを大事にしています。そうすることで、自分自身の軸がブレなくなり、従業員も同じ方向を見て進みやすくなります。

従業員は、自分たちが今やっていることが正しいと思っているので、そこはよく話し合い、アドバイスをしながら、発想の転換をさせていくようにしました。基本的に、どんな人にも能力があると思っていますので、否定することはありません。その人に対して、どういうアプローチをすれば結果が出るのかを、常に考えながら接するようにしています。

ちなみに僕自身は我慢強いタイプで、地味に何かをひたすらやって成果を出すのが好きです。

PROFILE

代表取締役社長
安本 洋一
1992年株式会社ザテレビジョン入社。株式会社角川ザテレビジョン取締役、株式会社角川モバイル(現:株式会社ブックウォーカー)常務取締役・代表取締役社長、株式会社KADOKAWA(現:株式会社KADOKAWA Future Publishing)常務執行役員、株式会社角川アップリンク取締役、台湾漫讀股份有限公司董事長を歴任。株式会社KADOKAWA(現:株式会社KADOKAWA Future Publishing)常務執行役員DX戦略本部長。株式会社KADOKAWA 取締役 常務執行役員DX戦略本部長を経て、2020年10月取締役 執行役員Chief Financial Officer就任(現任)。同年6月当社取締役就任。2022年4月株式会社KADOKAWA Connected代表取締役社長就任(現任)。

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